大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)627号 判決 1966年6月14日

控訴人(原告) 野田博

被控訴人(被告) 兵庫県知事 外一八名

主文

兵庫県知事を除く被控訴人ら一七名、および引受参加人に対する控訴をいずれも棄却する。

兵庫県知事を除く被控訴人ら一七名に対する控訴人の当審における新請求をいずれも棄却する。

原判決中控訴人の被控訴人兵庫県知事に対する請求に関する部分を取り消し、右事件(当審における新請求を含む)を神戸地方裁判所に差し戻す。

訴訟費用中控訴人と被控訴人兵庫県知事との間に生じたものを除きその余は第一、二審とも全部控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らとの間において別紙目録記載(一)の土地(単に(一)の土地という)につき、兵庫県知事を除く被控訴人ら一七名(単に被控訴人ら一七名という)の被相続人桝本みわに対しなされた昭和二三年一二月二日付自作農創設特別措置法(単に自創法と略す)一六条による売渡処分の無効であることを確認する(当審において拡張した請求)。被控訴人ら一七名は右売渡を原因とする神戸地方法務局西宮出張所昭和二六年九月一四日受付第一〇、〇八二号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。被控訴人桝本光春および同兵庫県知事との間において、別紙目録(二)の土地(単に(二)の土地という)につきなされた昭和三二年一一月一日付農地法三六条による売渡処分の無効であることを確認する。被控訴人桝本光春は右売渡を原因とする前記西宮出張所昭和三四年一二月二六日受付第二一、〇八四号所有権取得登記の抹消登記手続をせよ(当審において拡張した請求)。引受参加人は別紙目録記載(一)、(二)の土地を、同地上の工作物を収去して、明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら一七名代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人知事指定代理人は「本件控訴および控訴人の当審における新請求を棄却する。当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を、引受参加人代理人は「控訴人の請求を棄却する。」との判決を求めた。当事者らの事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に補足訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。(ただし、原判決六枚目裏三行目に「買収」とあるを「売渡」の誤であるから訂正する。)

(控訴人の主張)

一、本訴において係争中の西宮市津門大塚町一七番地田一反六畝二八歩は昭和三四年一〇月二二日(一)および(二)の土地に分筆せられ、(二)の土地についての前記亡桝本みわのための所有権取得登記は神戸地方法務局西宮出張所昭和三四年一二月一九日受付第二〇、二一二号により錯誤を原因として抹消せられた。従つて(一)の土地のみにつき亡桝本みわのため売渡による所有権取得登記がなされたこととなり、(二)の土地につき同出張所昭和三四年一二月二六日受付第二一、〇八四号をもつて昭和三二年一一月一日売渡を原因として被控訴人桝本光春のため所有権取得登記がなされた。よつて被控訴人らとの間において、(一)の土地につき、被控訴人ら一七名の被相続人桝本みわに対しなされた昭和二三年一二月二日付自創法一六条による売渡処分の無効確認を求め(この部分につき請求を拡張する)、被控訴人ら一七名に対し、(一)の土地につき、右売渡を原因とする前記亡桝本みわのための所有権取得登記の抹消登記手続を求め、被控訴人桝本光春および同兵庫県知事との間において(二)の土地につきなされた昭和三二年一一月一日付農地法三六条による売渡処分の無効確認および被控訴人桝本光春に対し、(二)の土地につき右売渡を原因とする同被控訴人のための前記所有権取得登記の抹消登記手続を求める(右抹消登記手続請求部分につき請求を拡張する)。しかして(一)の土地は被控訴人ら一七名から、(二)の土地は被控訴人桝本光春から、それぞれ引受参加人に譲渡せられ、引受参加人は現に(一)、(二)の土地を、同地上に工作物を設置して占有している。しかしながら、被控訴人ら一七名先代亡桝本みわおよび被控訴人桝本光春の各(一)、(二)の土地の所有権取得は、原審において主張したとおり、無効であるから、引受参加人は右各土地の所有権を取得するに由なく、同土地の占有権原なきものである。よつて引受参加人に対し、右(一)、(二)の土地を同地上の工作物を収去して明渡すことを求める。

二、(二)の土地の売渡処分は(一)の土地の売渡処分よりはるかに遅れてなされたものであるところ、その売渡処分につき、控訴人は兵庫県知事に対して再三そのなすべからざることを上申していた。もしその売渡処分がなされていなければ、控訴人は、農地法八〇条により売渡を受け得べき可能性を有していたものである。従つて仮に買収処分の効力を争い得ないとしても、右のような法律上の可能性換言すれば期待権を有しているのであるから、控訴人は売渡処分の無効を主張する法律上の利益を有するものである。

(被控訴人ら一七名の主張)

一、農地法八〇条二項による期待権が発生するには、その前提として農林大臣の認定がなされなければならない。本件においては、その認定がなされていないから、期待権発生の余地はない。

二、同法八〇条一項は国が取得保有し、農林大臣が管理する土地にのみ関するもので、既に処分を終つた土地にまで及ぶものではない。本件土地は既に売渡処分済みのもので、農林大臣の管理外のものである。従つて本件土地については同条二項の農林大臣の認定のなされる可能性もない。

三、農林大臣は農地法施行令一六条に掲記の土地についてのみ右認定をなしうるところ、本件土地は同令各号に該当する土地ではないから、農林大臣が右認定をしないことについて何ら違法はない。

四、そうすると、控訴人の主張は結局売渡処分の不当を云々するにすぎないが、既に売渡処分は完了し、被控訴人ら一七名に完全に所有権が移転しているのであるから、その後に売渡処分の不当を理由にこれを取り消し又は撤回し、被控訴人ら一七名の権利を侵害することの許されないことはいうまでもない。

(被控訴人知事の主張)

控訴人が本件売渡処分の無効確認を求める利益のないことは原審において主張したとおりであるが、仮に控訴人にその利益があるとしても、(一)、(二)の土地の本件売渡処分には何らのかしはない。すなわち、

(1)、(一)、(二)の土地は約五〇年前から亡桝本みわらが耕作していたが、昭和の始めごろから訴外河内網五郎が(二)の土地を耕作するようになつた。控訴人は昭和一五年頃から右河内の(二)の土地の耕作権を引きあげたが、控訴人自ら同土地を耕作しなかつたので、昭和二三年ごろまで付近の多くの人が休閑地利用として右土地を耕作してきた。そして買収処分後の昭和二四年七月ごろから訴外池田義雄外二名がこれを耕作していたところ、買収を受け右土地につき何らの権利を有しない控訴人が右土地に盛土をしたが、その後被控訴人桝本光春がこれを畑として耕作を続けてきた。以上のとおりで、控訴人主張のとおり右(二)の土地が耕作以外の目的に供せられていたとしても、それは短期間(三ケ月余)で、しかもそのうちの約一〇坪であり、昭和三〇年五月末には原状に回復され、その後売渡処分がなされた昭和三二年一一月一日当時まで引続き農地であつた。

(2)、右に述べたとおり(二)の土地部分は昭和の初期から特定されていたのであるから、(一)の土地の部分もおのずから明白であつた。

のみならず、(一)の土地は昭和二三年一二月二日を売渡期日として亡桝本みわに売渡したところ、同人は昭和三一年六月一八日死亡し、被控訴人ら一七名が相続によりその所有権を取得した。その後昭和三二年一一月一日を売渡期日として(二)の土地を被控訴人桝本光春に売渡し、(一)、(二)の土地の売渡処分は全部完了したから、(二)の土地の売渡処分につき特定を欠くかしがあつたとしても、右かしは既に治癒されたものである。なお、控訴人は(二)の土地の部分は既に宅地としての形態を備え、西宮市がそのうちの一部を野田川改修工事現場詰所および材料置場としての建物を建築するため使用したくらいで全然農地ではないと主張しているところからみても、控訴人は右(二)の土地がどの部分に当るか了知していると考えられる。

(引受参加人の主張)

本件(一)、(二)の土地の買収および売渡処分には何らのかしなく、引受参加人は右各処分により(一)の土地の所有権を取得した亡桝本みわの相続人である被控訴人ら一七名から(一)の土地を、同じく(二)の土地の所有権を取得した被控訴人桝本光春から(二)の土地の所有権を譲り受け、(一)、(二)の土地を適法に占有しているものである。

(証拠省略)

理由

一、西宮市津門大塚町一七番田一反六畝二八歩((一)(二)の土地に分割前のもの)がもと控訴人の所有であつたが、自創法三条の規定により西宮市農地委員会の樹立した第六次買収計画に基づき、昭和二三年二月二一日より同年三月一日までを縦覧期間として右計画を公示したうえ同年三月一日兵庫県農地委員会の承認をえて同月二日付買収令書をもつて被控訴人知事が右土地の買収処分をなしたこと、右土地のうち一反二畝二七歩について昭和二三年一二月二日付の自創法一六条による売渡処分を原因とする神戸地方法務局西宮出張所昭和二六年九月一四日受付第一〇、〇八二号をもつて亡桝本みわのため所有権取得登記がなされたこと、右土地のうち四畝一歩については昭和三二年一一月一日を売渡期日とする売渡通知書が被控訴人桝本光春に交付されて売渡処分がなされたことおよび桝本みわが昭和三一年六月一八日死亡し、被控訴人ら一七名が相続したことは当事者間に争がなく、被控訴人知事、引受参加人との間においては成立に争がなく、被控訴人ら一七名との間においても真正の成立を認めうる甲第五号証の一、二によると、右津門大塚町一七番田一反六畝二八歩のうち一反二畝二七歩について昭和二三年一二月二日を売渡期日として桝本みわに売渡処分がなされたことが認められる。そして右津門大塚町一七番田一反六畝二八歩は昭和三四年一〇月二二日(一)および(二)の土地に分筆せられ、右亡桝本みわに売渡された一反二畝二七歩が(一)の土地に、被控訴人光春に売渡された土地が(二)の土地にあたること、および、右(二)の土地につき前同出張所昭和三四年一二月二六日受付第二一、〇八四号をもつて被控訴人光春に対する前記売渡を原因として同被控訴人のため所有権取得登記がなされたことは被控訴人らおよび引受参加人において明らかに争わないから自白したものと看做す。

二、被控訴人ら一七名および被控訴人光春に対する(一)および(二)の土地の売渡処分無効確認請求について、

本件は行政事件訴訟法施行の際現に係属していたことは記録上明らかであるから、行政処分無効確認訴訟の被告適格については従前の例により判定すべきところ(同法付則八条参照)、旧特例法の下においては行政処分無効確認訴訟は、処分が表見的に有効視されることから生ずる原告の権利関係ないし法的地位の不安、危険を排除、解消することを目的として処分が当然無効であり、これによつて原告の法的地位に何らの変動を来さないことを確定する独立の訴訟型態として認められていたものであるから、右訴訟の被告適格は、特例法一条三条の趣旨に従い、当該処分をなした行政庁もしくは国のみがこれを有するものと解するのが相当である。従つて被控訴人ら一七名および被控訴人光春は右無効確認訴訟の被告適格を欠くものであるから、控訴人の右請求は失当である。

三、被控訴人ら一七名および被控訴人光春に対する売渡処分を原因とする(一)および(二)の土地の各所有権取得登記の抹消登記手続請求について、

控訴人は右抹消を求める理由として、先ず、売渡処分の前提となる、(一)、(二)の土地に分筆前の西宮市津門大塚町一七番田一反六畝二八歩についての買収処分が無効である旨主張する。しかしながら、控訴人が原告となり、国を被告として提起した右土地についての所有権確認訴訟が第一審、控訴審、上告審においていずれも控訴人の敗訴に終つたことは控訴人の認めるところであり、成立に争のない乙第一号証の一、二によると、控訴人は右訴訟において本訴におけると同じ買収処分のかしを主張して、右土地の買収処分無効確認の判決を求めたところ、右買収処分には控訴人主張のような重大明白なかしが認められないとして控訴人の請求が棄却せられ、従つて右買収処分は有効になされたものであることが認められる。してみると、仮に右(一)、(二)の土地の売渡処分に無効となるべきかしがあつたとしても、右土地の所有権は国に帰属していたこととなるにとどまり、控訴人はその所有権を回復するものでないことは明らかである。従つて控訴人は被控人ら一七名および被控訴人光春に対し、(一)、(二)の土地につき売渡処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続請求権を有するものではなく、控訴人の右請求はその余の点につき判断するまでもなく、失当である。

四、引受参加人に対する工作物収去土地明渡請求について、

引受参加人が、亡桝本みわの相続人である被控訴人ら一七名から(一)の土地を、被控訴人光春から(二)の土地を譲り受け、現に(一)、(二)の土地を占有していることは当事者間に争がない。しかしながら、(一)、(二)の土地に分筆前の前記西宮市津門大塚町一七番の土地についてなされた控訴人に対する買収処分が有効になされたものであり、仮に(一)、(二)の土地の売渡処分に無効となるべきかしがあつたとしても、右土地の所有権は国に帰属するにとどまり、控訴人の所有となるものでないことは前記のとおりであるから、控訴人は所有権に基づき引受参加人に対し右土地上の工作物の収去土地明渡の請求権を有するものではない。従つて控訴人の右請求も、その余の点につき判断をなすまでもなく失当である。

五、被控訴人知事に対する(一)および(二)の土地の売渡処分無効確認を求める各請求について、

(1)  被控訴人知事は右請求について控訴人に訴の利益がない旨抗争するので、先ず控訴人が右各売渡処分の無効確認の利益を有するか否かについて考察する。

農地法八〇条一項は、農林大臣は同法七八条一項の規定により管理する買収農地等について、政令の定めるところにより、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めるときは、省令で定めるところにより、これを売り払い、又はその所管替もしくは所属替をすることができる旨規定し、同条二項は、前項の規定により売り払い又は所管替もしくは所属替をすることができる土地等が、農地法九条等の規定により買収せられたものであるときは(農地法施行法五条により同法施行の際自創法四六条の規定により農林大臣の管理している農地―自創法三条等の規定により買収した農地等―は、既に売渡処分のなされた土地を除き、農地法九条の規定により買収したものとみなされる。)、原則としてこれを買収前の所有者に売り払わなければならない旨規定している。右規定の趣旨とするところは、農地法又は自創法に基づき買収した農地等につき、未だその売渡がなされない間に、その後の事情の変化によつて、これを、その本来の、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めるにいたつた場合には、原則としてこれを右農地等の旧所有者に売り戻すべきものとするにあるものと解せられる。けだし農地法又は自創法等による買収は右公共の目的に供するため私有財産を強制的に収用するものであるから、その本来の公共の目的に供することが不相当となつた以上旧所有者に売り戻すことが、公共の用に供するためにのみ私有財産の収用を認めた憲法二九条三項の趣旨に合致するものであるからである。この立法趣旨に照すと、同条一項の規定は、農林大臣がその管理にかかる農地等を自作農創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、当該農地等につき売払い等の措置をとるか否かの自由を有するものではなく、同条二項により当然原則として、旧所有者に売り払うべきものと解するのが相当であり、また右目的に供しないことが相当かどうかの認定についても、農林大臣の裁量権はその客観的事情に照して制限が認められるべきであるから、結局農林大臣は、ある範囲において、その管理する買収農地等につき同条一項に定める認定をなしたうえ、旧所有者にこれを売り払わなければならない拘束を受け、その反面旧所有者はかかる売払いを受ける利益を法律上保障されているものといわねばならない。従つて農林大臣が管理する農地等につき売渡処分がなされた後においても、その売渡処分の無効が確認された場合には、右農地等は再び農林大臣の管理する農地等として農地法八〇条の適用を受ける状態に復帰し、旧所有者は、これにつき売払いを受ける可能性を回復することとなるから、買収農地等の売渡処分の無効が判決によつて確定せられても、かかる可能性を回復しえないと認めるべき事情のないかぎり、旧所有者は売渡処分の無効確認を訴求する法律上の利益を有するものというべきである。

被控訴人知事は、仮に本件各売渡処分が無効と判断されても、その結果(一)、(二)の土地の所有権は単に国に帰属するにとどまり、国は適法な売渡処分により売渡すべき筋合のものであるから、控訴人は何ら本件売渡処分の無効確認を求める法律上の利益はない旨主張するけれども、弁論の全趣旨によると、(一)、(二)の土地は既に農地でないことが明らかであり、本件売渡処分の無効が確認せられた場合、控訴人が右土地の売払いを受ける可能性がないと認めるべき事情は存しないから、被控訴人知事の右主張は理由がない。

そしてその他の被控訴人知事の右訴の利益を欠く旨の主張は独自の見解であつて採用しえない。

(2)  そうすると、原判決が控訴人の被控訴人知事に対する(二)の土地の売渡処分無効確認の請求につき控訴人にその無効確認を求める利益なしとしてその実体審理をなさずして排斥したのは失当であるから、原判決中右請求に関する部分を取り消し、右請求部分を当審において右請求に追加的に拡張せられた(一)の土地の売渡処分無効確認の請求とともに、原裁判所に差し戻すべきものである。

六、以上の理由により、被控訴人ら一七名、および引受参加人に対する控訴はいずれも理由がなく、被控訴人ら一七名に対する当審における新請求もいずれも理由がないから、右控訴および新請求をいずれも棄却し、原判決中控訴人の被控訴人知事に対する請求部分はこれを取り消し、控訴人の被控訴人知事に対する請求(当審において拡張せられた部分を含む)を原裁判所に差し戻すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例